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★「わたし」の物語~小日向有紀の場合

ちょっとした実験小説の一種です。騙し絵のような。 短いので、お時間は取らせません。ぜひ感想を教えてください。 **********    本屋には、たくさんの物語が集う。  小日向有紀は、ガラスの扉をくぐり抜けた。  エアコンの効いた店内に、一瞬、外気が流れこむ。  その熱で、紙の香りが空気中に溶け出し、場を満たした。 「いらっしゃいませ」  商店街から外れた人通りの少ない路地にある、小さな書店。客は、小日向をふくめて三人しかいない。  眼鏡をかけた高齢の女性と、学生服すがたの細身な少年。少年の制服は、このあたりでは有名な進学校である、北高のものだ。 (今日は、常連さんばかりね)  彼らを軽く見わたし、肩まで伸びた髪をいじる。  小日向は、スーツについたシワを気にしつつ、店内へと進んだ。  まっすぐ歩き、新刊棚の前に立つ。  届きたての物語が、そこには並んでいる。  小日向は、ひととおり眺めたのち、一冊の本を抜き出した。  最近よくタイトルを耳にするベストセラーで、キャリアウーマンが主人公の、恋愛ミステリーだ。装丁のイラストも、美しいと話題になった。  表紙に描かれているのは男性だ。語り手は主人公の女性なのだが、謎を解く探偵役が、喫茶店でマスターをしている男性なのだ。  小日向は、その男性が切なく笑う表紙を、しばらく見つめていた。  彼を見つめながら。  やはり自分は、物語が好きだ。と、あらためて思う。 (わたしは、空想が好きだ。想像することが好きだ)  小日向有紀は独身で、恋人もいない。会社に勤めて三年、ようやくそれなりに大きな仕事を任せられるようになってきた。  友だちが多いとはいえないが、人付き合いが苦手というわけでもなく、むしろ人懐こいほうなはず。  外出は最小限に済ませるタイプでありながら、書店に来ると、ついつい長居してしまうことも、ままある。  家に帰ると、コンビニで買った缶ビールを控えめにたしなみつつ、読書をする。テレビはあまり見ない。  本を読むと、感情移入して主人公になりきってしまったりもする。 (んー。今日はもっと、ちがう想像をしてみたい気分かな。たとえば、日常や人間関係が一変
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異世界犯罪分析官

   Prologue  軽快な口笛が聞こえてくる。すぐ近くからだ。  ぼくは、目をさました。冷静に、状況を認識しようとつとめた。  両腕両脚を、しばられている。なんとか首をよじって、横を見た。  暗い。等間隔で置かれたロウソクのゆらめく炎が、唯一の光源だ。信じがたいほどよごれたいくつもの部屋や壁が、前から後ろへとながれていく。くさったテーブルやねじれたイス、割れた陶器、ゆがんだなにかが、床に散乱している。  ぼくは運ばれていた。ストレッチャーのような車輪つきの台にあおむけの状態で固定され、抵抗することもできず、暗い洞窟のような屋内を、奥へ、奥へ。  見上げると、ストレッチャーを押す人物の姿が見えた。口笛の主だった。曲調は、場所にも状況にも似合わず、喜劇的だ。真っ黒なフードに身をつつみ、奇妙な仮面をかぶっている。こちらを見下ろすこともせず、どんどん前へ押していく。  床の上のなにかを、車輪が踏みくだいた。  どこからか、絶叫のようなものが聞こえてきた。狭い屋内の壁を幾度も反響し、ぼくのところまで届いてくる。ぼくは、それが、自分の知る人間のものではないことを祈った。心から祈った。祈るだけでは足りないことくらい、わかっていた。  地面の上のなにかを踏むたびにガタガタ揺れる台の上で、からだの内側からあふれだしてくるふるえを、懸命にこらえようとした。  考えろ。  脳に指令を送るが、頭のなかは恐怖でいっぱいだ。恐怖に支配されている。  ぼくは、自分がもといた世界のことを思った。東京を思い、アメリカを思った。わずかな学校生活のことや、これまでに経験した事件のことを思った。この世界に召喚されて以来、はじめてのことだった。  角を曲がり、長いまっすぐの廊下を抜け、角を曲がり……。  にごった空気のなか、ロウソクのにおいの合間をぬって、ただよってくる臭気。  天井から、ケモノの死体がつるされていた。血が、したたり落ちている。  ぼくは吐き気をこらえた。  やがてぼくをのせた台は、そんなに広くない、がらんとした部屋の中央でとまった。台を押していた人物は、ぼくを台の上に残したまま、部屋を出ていく。  状況を認識しようとした。  自分をとらえたのは、連続殺人犯か? ここは、その隠れ家なのか? 女性たちを、じっくり時間をかけて切りきざんだ、拷問

屍たちの夜明け Dawn of the Past

   第一章  血は紅く  背後からの光源――電気ランプが、闇の中から屍の顔を照らし出した。  青白く、凶暴に尖った歯を剥き出しにした顔が、僕たちを見つけて歪んだ。 「三川(みかわ)!」  命令する声に従い、元SAT隊員が散弾銃(ショットガン)を構えて、一歩、踏み出した。  鍛え上げられた肉体と、洗練された動作。  闇と光の境目で、轟音が炸裂する。  屍の身体がくるくると舞い、部屋の壁へと叩きつけられるのを見た。  通常の散弾を用いた散弾銃。その役割は、敵との間合いを作り出すことだった。  屍は、壁に叩きつけられると同時に起き上がり、素早く壁を伝って逃げ出そうとした。  三川の隣で、背の低い、小柄な少女が歩み出た。  小鳥遊(たかなし)結衣(ゆい)。その手に握られた拳銃――オートマチックの拳銃――九ミリの銀の弾が込められた拳銃――それこそ、屍にとって、本当の脅威だった。  最初に、頭が射貫かれた。  続いて胸に二発。  それらが、一秒未満の間隔で、行われた。  素早く確実な動作。射撃の名手。  屍は苦悶の叫びを上げ、本物の死体と化して、床を滑った。 「二」  残りの屍の数を、別の少女が告げる。背も体型も一般的に見て平均的、こちらの生命線である電気ランプと、探知機を手にして索敵している少女――南(みなみ)梢(こずえ)。  定期的な電子音が、近くにまだ敵がいることを示している。  南が、探知機の筒のような先端を、来た道とは反対の扉に向ける。  電子音が強まる。  どこかの誰かの比較的裕福な家――その居間を横切り、台所に足を踏み入れる。  電気ランプの光に怯えた声が、天井から響き、僕たちは一斉に上を見た。  天井に張り付く屍の姿。  飛びかかろうと身構えていた屍を、電気ランプの強力な光が足止めする。  来栖(くるす)泰羅(たいら)が、銀製の槍を、屍、目がけて突き上げた。  我らが班長――そして僕の同級生である男は、正確に屍の胸を刺した。  他の仲間と同じく、服装は、一般特殊部隊の突入用装備と同等。普通の装備と異なるのは、ところどころに鉄のメッシュ素材が用いられていることだ。現代風の鎖帷子。  防弾バイザー付きのヘルメットが、血飛沫から来栖の顔を守った。 「一」  探知機を確認しながら、南が告げる。