映画後半部分のアレンジなのでネタバレ注意。
そもそも映画を見ていないと意味不明です。
一部、映画前半の伏線を改変している箇所があります。
予告編のセリフとポスターのキャッチコピーと主題歌の歌詞を借りています。
※ドラえもんを置き去りにしてしまった場面から。
追記。
めちゃくちゃ寒そうな南極にドラえもんとのび太が並んで立っていて、
「世界でいちばん、あったかい場所」
ってキャッチコピーの書いてあるポスターとか、あったらイイと思います(●´ω｀●)
あのとき。
――のび太。お前が決めろ。
二人のドラえもん。
ぼくは、ぼくだけは、ドラえもんを見つけてあげなきゃ、いけなかったんだ。
どうして、迷ってしまったんだろう。
ポケットが無かったから？ ふたりの思い出の鈴が無かったから？
ちがう。
だってポケットも鈴も、ドラえもんの、ほんとうじゃない。
ぼくにとっての、ほんとうのドラえもんは、もっとべつのものだ。
ほんとう？
ほんとうの友だちとニセモノの友だち。なにが、ちがうんだろう？
それは、ぼくと過ごした時間だったはずなのに。
「カーラ、お前たちのせいだぞ！」
ジャイアンの大きな声が、凍りついた空間に反響した。
「お前たちさえ来なければ、こんなことにはならなかったんだ！」
顔を上げると、ジャイアンとスネ夫がカーラに詰め寄っていた。
「わたし――わたしは、ただ」
カーラが迷子のような表情で首をゆるゆると振る。
「わたしはただ、わたしたちの星を――」
「結果、僕たちの星がメチャクチャになってるじゃんか！」
スネ夫もさけぶ。
リングは、ひとつしかない。大事な星は、ふたつ、あるのに。
「やめなさいよ！」
見ていられなくなったのか、静香ちゃんが割って入った。
「こんなことになるなんて、だれにも、わからなかったじゃない！」
「くそっ……！ わかってるよ！」
泣き顔を必死で隠そうとするジャイアンが、ぼくは好きだ。
「本気で言ったんじゃ、ねぇんだ」
気まずそうにそっぽを向き、ジャイアンが小さく言う。
カーラは、なにも答えない。
ぼくたちは、この場所から動けずにいた。
タイムベルトは、壊れたのか、動かなくなってしまった。
秘密道具も、すべてドラえもんが持っている。
ドラえもん――。
「……ぼくの、せいだよ」
つぶやいたその声は、みんなに聞こえてしまったらしい。ぼくに視線が集中している。
ぼくは、膝のあいだに視線を落とした。
「ぼくが、リングを見つけたんだ。ぼくが、落とし主に届けたいって言いだしたんだ。
ドラえもんに、いつもみたいに、ムチャなお願いをしたんだ。ぼくなんだよ」
地球のことは、正直、どうなってしまうのか、よくわからない。
ただひとつ。友だちを巻きこみ、置き去りにしてしまった。それだけは、たしかだ。
沈黙が、ぼくたちをつつんだ。
なにもかもがカチコチに固まってしまった場所で、ぼくも動けない。
このまま、凍りついてしまえば、どれだけ楽だろう。
見わたしてみると、この建物は、十万年前と、すこしも変わっていない。
凍って、凍りつづけて、凍ったまま。いままで時を過ごしてきた。
氷は、まるで透明なタイムマシンみたいだ。
――氷難の相。
ぼくは、顔を上げた。
いくつものイメージが、一瞬、頭をかすめていった。
氷漬けになったドラえもんのイメージ。いつか見た夢だ。
夢？
ぼくは、立ち上がった。
あのドラえもんのニセモノは、凍ったまま、十万年前と同じ、この場所にいた。
それなら。それなら？
「さがそう」
ぼくの言葉に、みんながふりむいた。
「ドラえもんを、さがそう」
「ドラちゃんを？」
静香ちゃんの問いに、ぼくはうなずく。
「どこかで凍っているはずだよ。ドラえもんなら、ロボットだし道具もある。
パオパオたちみたいに冬眠して、きっと、ぼくたちがここに来るのを待ってるよ」
そうか、とジャイアンが声を上げる。
「ここに私たちが来るってこと、ドラちゃんは知っているはずよね！」
「ドラえもんを見つけたら、ここから出ることもできるし！」
静香ちゃんにスネ夫も賛同する。
「……わたしもさがす。いっしょに、さがさせて」
カーラがうつむき気味に言う。
「ありがとう！ カーラ」
今度こそ、見つけるんだ。
ぼくは誓う。
あのときは、ちゃんと見つけてあげることができなかった。
結局、ニセモノの攻撃から、ただ守ってもらった。傷つけてしまった。
ほんとうは、見たんだ。あのとき。
ホンモノのドラえもんの目が、泣いているのを。
その涙を見ても、ぼくは、決めることができなかった。
見つけるんだ。今度こそ。ぜったいに。
「ここから、そんなに離れていないはずだ！」
ジャイアンが言う。
「まわりの氷を、くまなく、さがすんだ！」
「でも――」
スネ夫が立ち止まり、不安を口にする。
「見つけたとして、どうやって氷のなかから助けるのさ。道具もないのに」
「素手でも掘るんだよ！」
「十万年前からの氷だよ！？」
「そんくらいの時間の壁、越えてみせるのが友情だろ！」
「んなムチャな」
「やるんだよ！ ほら、のび太、行くぜ！」
「――うん！」
ぼくは立ち上がり、走りだそうとして、だれかにぶつかった。
モフスケだった。
「ごめん――」
言いかけて、モフスケが鼻を伸ばし、バッグを差し出してきていることに気づいた。
その耳の形が目に入る。
「きみは――？」
――だれ？
「あれ？ それ――」
カーラが声を上げた。
「それ、ユカタンが持っていた、博士のバッグよ！」
どうしてここに？ と首をかしげる。
ぼくはハッとなって、そのバッグの口を開いた。
意味もわからないガラクタばかり入っていると思って、ろくに中身を確認せずにいた。
「これは――！」
氷細工ごて、だった。
「どうして、ドラえもんの道具がここに？」
スネ夫が当然の疑問を口にする。
「わかったわ！」
静香ちゃんが手をたたき合わせた。
「モフスケちゃんは、ユカタンだったのよ！」
「どういうこと？」
「ドラちゃんと一緒に残されたユカタンが冬眠していたのを、十万年後の私たちが起こしたんだわ！」
理解が、頭のなかに広がっていく。
「……そうか！」
みんなの知恵が、勇気が、ダメなぼくを助けてくれる。友だちを助ける、力をくれる。
ううん、ちがう。みんなにとっても、ドラえもんは友だちなんだ。
ぼくは、氷細工ごてを手に、立ち上がった。
「これさえあれば！ 氷のなかを、さがせるよ！」
「よし、手分けしようぜ！」
いっせいに、走りだす。
――ねえ、ドラえもん。
前に君が未来に帰ってしまったとき、ぼくの部屋は、ぼくの心は、すごく空っぽになってしまったよ。
ぼくは、弱虫だから。
だからさ。
ぼくが宿題をサボったら、叱ってよ。
ぼくが〇点を取って帰ってきたら、なぐさめてよ。
ジャイアンにひどい目にあわされたら、一緒に怒ってよ。
もう泣くなよって、笑ってよ。
ねえ。
ドラえもんが笑うと、ぼくも笑うんだ。
ぼくが笑うと、きみも笑うんだ。それが、すごくうれしいんだ。
屋根の上できみと並んで見上げる空は、ひとりより、ずっと高くて青いんだ。
これからも、このさきもさ。あの空が見たいんだ。
「たけしさん、そっちはどう！？」
「ダメだ、見つからねぇ」
どれだけ、さがしまわっただろう。みんなの疲れが見え始めている。
ここには、ここほれワイヤーも、たずね人ステッキもないから。
ドラえもん。
いったい、どこに隠れているのさ。
もしかして泣いちゃったりしてて、恥ずかしいから出てこられないのかな。
意外と泣き虫なの、ぼくは知ってるよ。
だから出てきてよ。
たまにはさ、ドラえもんのダメなところもみせてよ。
それで、たまのたまにはさ、ぼくに、なぐさめさせてよ。
ぼくは立ち止まった。
だれよりも体力がないのは、ぼくだ。膝が、ふるえてる。
「動けよ……」
足に言う。
「このくらい、どうってことないじゃないか……！」
ドラえもんは、いつだってぼくを助けてくれた。
そばにいてくれた。見守ってくれた。
だから、今度はぼくが。
ぼくが、ドラえもんを助けるんだ。
「何時間、いや何日、何ヶ月かかっても、ぼくはドラえもんを見つける」
歯を食いしばる。
「だって、ドラえもんは、いまこの瞬間も、きっと、ぼくを待ってる。十万年も前から。
それにくらべたら、なんてことないよ……！」
そしてぼくは、ふたたび、走りだした。
＊
もう、どのくらいの時間が経ったんだろう。
わからない。
ここはどこだろう。どこだっけ？
たしか……そうだ。
みんなとはぐれて、氷に追いつめられて。
ボクは、凍ってしまった。
――氷難の相。
妹の言葉が聞こえる。妹？ 名前は……。
みんなは無事だろうか。無事でいてくれてるんだろうか。
……みんな？ みんなって、だれだっけ。
ずっと長いこと、ここで、こうしている。
声が枯れるまで、届かない、だれかの名前をさけびつづけていた。
おかげで、喉が凍てついているみたいだ。
このままでは、夢も、気持ちも、壊れてしまいそうで。
心が折れそうになるたび、いくつもの記憶が駆け巡った気がする。
そのたびに、ボクは、強さをもらった気がする。
でもそれも、わからなくなってきている。
ボクは、眠りつづけている。
これが夢なんだと、まだ理解できている。
ううん、ちがう。わからなくなってきている。
夢のなかで、ボクは、白色の原っぱに寝そべっている。
ひとりだけど、となりには、もうひとり、ボクがいた。
（ねえ）
もうひとりのボクが言った。
（ここは気持ちがいいね）
そうだね。
（ずっと、ここでこうしていても、いいよね）
それは、どうだろう……？
（だって、こんなに、おだやかなんだもん。ここでの時間は永遠だしね）
えいえん？
（ほら、すべてがカチコチに止まっているだろ？ ここでは、なにも失うことがないんだよ）
それは、すごく、いいことだね。でも――。
（ここではケンカもしないよ。友だちに見つけてもらえなくて、裏切られたなんて感じることもないよ）
こわい。見つけてもらえないのは、こわい。
（そうだろ？ だったら。全部わすれて、ほら、眠るといいよ）
ひとりは、さみしいよ。
（ボクがいるよ）
キミは、ボクだもの。
（ボクはボクを裏切らないよ）
……そっか。
（ボクは、ボクがホンモノだって知ってる、唯一の存在だよ）
そっか。
（ホンモノだって、みんなに、わかってもらえると思ってた？）
ボクは。
（見つけてもらえるって期待して、ガッカリしたくないだろ？）
……あれ？
ボク、泣いているのかな。どうしてだろう、止まらないや。
（悲しいよね。辛いよね。人と一緒にいようとすることって。傷つくよね）
……のび太くん。
（その名前に意味なんてないよ）
のび太くん。のび太くん。
（ムダだってば）
会いたいよ。
（会えないよ）
のび太くんは、来てくれる。
（来ないよ。十万年も、待ちつづけたじゃないか）
まだ、凍ってない。
（うん？）
まだ、わすれてない。のび太くんとの思い出は、まだ凍ってないよ。
（あれから十万年も経っているのに？）
十万年だって、もっと先だって、凍らない。この気持ちは。ボクは。
（ボクは？）
のび太くんを、信じてるんだ。
（信頼じゃなくて願望でしょ？
あと五万年も経てば、やっぱりひとりがいい、て言い始めるよ）
そんなことない。ボクは――。
「――がいいよ」
……え？
「一緒がいいよ！」
声が聞こえた。
「ぼくは、ドラえもんと一緒がいい！」
なんでだろう。それが、よく知っている声に聞こえた。
「ドラえもん！」
なんでだろう。それが、よく知っている顔に見えた。
手が伸びてきて、ボクの手を取った。あたたかい手だった。
「ほら、帰ろう？」
手が、ボクを空へと誘う。
ああ、この手と一緒なら、ボクは傷ついてもいい、そう思えた。
（待て！ 逃がさないぞ！）
もうひとりのボクが地上でさけんでいる。
（外は氷の世界！ なにもかも凍てつく場所なんだ！
すぐに心が寒くなって、ここに帰ってきたくなるはずさ！）
そのときだった。
ずっと凍っていた喉の奥が溶けて、心の芯から声が出た。
「寒いもんか！」
ボクは、さけびかえしていた。
「のび太くんのとなりは、世界でいちばん、あったかいんだ！」
手を放さない。見つけてくれた、この手を。
瞬間、空が割れた。氷の破片が、大量に降ってくる。
ボクは、目を閉じた。
＊
「ドラえもん！ ねえ、ドラえもん！」
ぼくは、氷のなかから救いだしたドラえもんのからだを、揺さぶりつづけていた。
溶けかけた氷を、その顔から拭ってやる。
ほかのみんなは、心配そうに、ぼくたちを囲み、見守っている。
「起きてよ！ 目を覚ましてよ！」
答えてよ。
「ぼく、きみを見つけたよ！」
声をかけてよ。
「今度こそ、ちゃんと、見つけたんだ！」
ねえ――。
「だから、お願いだよ、ドラえもん……」
笑ってよ。
＊
うう、うるさいなあ眠いよお。ねえ、のび太くん、宿題はやったの？
習慣で、夢から覚めるなり、そんなことを口走りそうになった。
目を開くと、まずキミの顔があった。
その奥に、空が見えると思ったけれど、凍った天井だった。
キミの丸顔が、まるで空に浮かぶ太陽みたいだと思うと、ちょっぴり愉快な気持ちになった。
のび太くんの手が伸びてきて、ボクを抱き起こした。ああ、のび太くんだ。
「だいじょうぶ！？ ドラえもん、寒くない！？」
どうしてキミは。そんなに、あたたかいんだろう。
そしてボクは、長い長い旅が終わったのだと、知った。
はるか昔からの夢が、かなったんだって、わかった。
だから。
「ずっと、キミが、あたためてくれてたんだよ」
言って、ボクは、のび太くんを見上げる。
「ボクの心を、十万年間、ずうっと」
「ドラえもん！」
のび太くんは、全身でボクに抱きついてきた。
「ありがとう、信じて待っていてくれて！」
ボクは、ちょっと驚いたけど、すぐに抱きしめ返した。
「こちらこそ。見つけてくれて、ありがとう」
のび太くん、と名前を呼ぶだけで、不思議と、あたたかい涙が、こぼれた。
＊
十万年前にもどり、ブリザーガを封印した、ぼくたちの目の前で。
リングは、粉々にくずれさってしまった。
「ごめんよ、カーラ」
ぼくは小さな声で、カーラの背中に言った。
「どうして、あやまるの？」
「だって――リングが」
あの瞬間――ブリザーガを封印するためにリングを差し出す瞬間。
それでもカーラは、迷っているように、ぼくには見えた。
――わたしはっ！
道を見失って泣きじゃくる、ずっと小さな子どものように見えた。
当然だよ。ずっと、さがしつづけていたもののはずだ。
たいせつな、ものだったはずだ。
「たいせつなのは、あのリングじゃないもの」
カーラは、ぼくの心を読んだかのように、言った。その声は、まっすぐだった。
「たいせつなのは、故郷をいつか絶対に救うんだっていう、この気持ち」
カーラの言葉に、となりのヒャッコイ博士が、うれしそうな、誇らしそうな笑みを浮かべた。
「遺跡の眠る星は、きっと、まだまだあるもの」
カーラは、強く、そうつづけた。
「それにね」
「それに？」
カーラはそこで、こちらをふりむいた。
その顔に涙は見当たらず、まぶしい笑顔にあふれていた。
「それに、あなたたちを見ていたら。見つけられないものなんて、ないんだって思えたの。
信じる心さえ、凍らさずにいれば」
「カーラ……」
ぼくたちは、握手を交わした。
きっと。いや、かならず。
凍てついた時に、終わりはくる。カーラたちの時間は、ふたたび動きだす。
ぼくは、そう、信じる。
＊
地上に送ってもらったぼくたちは、宇宙に帰っていくカーラたちに、何度も手を振った。
南極の、パノラマの夜空。
ぼくたちは、両手両足を使って、二人とパオパオたちを見送った。
そのときだった。
「あ」
スネ夫が声を上げた。
「しまった！ 待って－！」
手を振って、カーラたちを呼び戻そうとする。
だが、お別れのあいさつをしていると思われたらしい。
やがてカーラたちは小さくなり、南極の空に浮かぶ、星の海にまぎれてしまった。
「返すの、わすれてた……」
「どうしたんだよ、スネ夫？」
「これ……」
スネ夫が差し出したのは、博士に記録を頼まれていた、あのビデオだった。
そのとき、急に。
まるで封印が解けたみたいに。ぼくは、ようやく、すべてを思い出した。
あの、夢を見た理由だ。
南極に旅立つ前に見た夢。
まだ出逢ったことのないカーラが出てきた夢。
氷漬けのドラえもんを目撃した夢。
まるで、これから起こることを予期したかのような――。
あるいは、初めから知っていたかのような。
答えはカンタンだった。
スネ夫がずっと回していた、あのカメラだ。
あのビデオが、どういうわけか数日前のぼくの部屋にあって。
寝ぼけたぼくは、よくわからず、それをいじくって。再生して。
その記録の断片を、未来の欠片を、十万年前の世界で起きる冒険の一部を。
ぼんやりと目にしたのだった。
＊
「ねえ、のび太くん。過去を変えちゃ、いけないんだぞ」
「変えないんだってば。これで、ぜんぶ歴史どおりだよ」
ぼくとドラえもんは、小声で言い合いながら、タイムマシンから降り立った。
そこは、南極に旅立つ数日前の、ぼくの部屋だ。
カチッ、コチッ、と時計の針が進む音。
ぼくは、眠っている。
押し入れのなかには、きっと、彼の大親友も。
「ほら、早く目的を済ませて」
「わかってるって」
ぼくは、過去のぼくの近くに、ビデオカメラを転がした。
「明日の朝に回収しにくるの、わすれないようにしないと」
タイムマシンに早々ともどっていくドラえもん。
そのすがたを目で追って。
「氷難の相で氷漬けか。当たっちゃったね」
ぼくは、くすりと笑ってから、眠っているぼくを見下ろした。
「ねえ、ぼく」
あきらめないで、と伝えたい。
「ドラえもんは、ぼくを待ってる」
机の引き出しまで歩いて、押し入れと、眠るぼくを、交互に見る。
「きっと、見つけてあげてよね」
そしてぼくは、引き出しのなかに飛びこんで、親友の横に座る。
＊
「のび太くん」
あの大冒険から、十万と一年が経って。
ドラえもんが、窓の外の屋根上でなにかを始めていた。
「ほら、来てみなよ」
「なにしてるの？ ――わ」
そこには、大きな望遠鏡が置いてあった。
「ふふ、ちょっと天体観測をね」
ドラえもんは、のぞいてごらんよ、とつづけた。
「夜空もいいね」
ぼくがつぶやくと、「え？」とドラえもんが聞き返した。
「ううん、こっちの話」
言いながら、窓の外に出る。
「ヒャッコイ博士に教えてもらったヒョーガヒョーガ星の座標に合わせてある」
「え！？」
言われて、ぼくは望遠鏡に飛びついた。
「十万光年先の星だから、いま見えているのは十万年前のすがただよ」
横でドラえもんが解説する。ぼくは、必死に目をこらした。
すると、見えてきたのは――。
「……真っ白だ……」
そこに見えたのは、なにもかもが凍てついた惑星――。
思わず顔を上げた。
「よーく、見てごらんよ」
ドラえもんの言葉に、ぼくはもう一度、望遠鏡をのぞきこむ。
そこに見えるのは、やはり――。
次第に、くっきりと惑星が見え始めた。
こまかい部分が見えるようになってきて――。
緑が、あった。
その惑星の、ほんの一部分。全体からしてみれば、小さな、小さな部分だけだけど。
「氷が、溶けてきてる！」
ぼくが顔を上げると、ドラえもんも笑った。
「きっと、カーラたちが調査を成功させたんだ」
ドラえもんが横で、一緒に喜びを共有してくれる。
ぼくは、惑星の緑を、長いこと眺めつづけた。
……見つけたんだね、カーラ。
緑の上を、あの快活な少女が両手を広げ、走り抜けているすがたが、目に浮かぶようだった。
END
そもそも映画を見ていないと意味不明です。
一部、映画前半の伏線を改変している箇所があります。
予告編のセリフとポスターのキャッチコピーと主題歌の歌詞を借りています。
※ドラえもんを置き去りにしてしまった場面から。
追記。
めちゃくちゃ寒そうな南極にドラえもんとのび太が並んで立っていて、
「世界でいちばん、あったかい場所」
ってキャッチコピーの書いてあるポスターとか、あったらイイと思います(●´ω｀●)
――のび太。お前が決めろ。
二人のドラえもん。
ぼくは、ぼくだけは、ドラえもんを見つけてあげなきゃ、いけなかったんだ。
どうして、迷ってしまったんだろう。
ポケットが無かったから？ ふたりの思い出の鈴が無かったから？
ちがう。
だってポケットも鈴も、ドラえもんの、ほんとうじゃない。
ぼくにとっての、ほんとうのドラえもんは、もっとべつのものだ。
ほんとう？
ほんとうの友だちとニセモノの友だち。なにが、ちがうんだろう？
それは、ぼくと過ごした時間だったはずなのに。
「カーラ、お前たちのせいだぞ！」
ジャイアンの大きな声が、凍りついた空間に反響した。
「お前たちさえ来なければ、こんなことにはならなかったんだ！」
顔を上げると、ジャイアンとスネ夫がカーラに詰め寄っていた。
「わたし――わたしは、ただ」
カーラが迷子のような表情で首をゆるゆると振る。
「わたしはただ、わたしたちの星を――」
「結果、僕たちの星がメチャクチャになってるじゃんか！」
スネ夫もさけぶ。
リングは、ひとつしかない。大事な星は、ふたつ、あるのに。
「やめなさいよ！」
見ていられなくなったのか、静香ちゃんが割って入った。
「こんなことになるなんて、だれにも、わからなかったじゃない！」
「くそっ……！ わかってるよ！」
泣き顔を必死で隠そうとするジャイアンが、ぼくは好きだ。
「本気で言ったんじゃ、ねぇんだ」
気まずそうにそっぽを向き、ジャイアンが小さく言う。
カーラは、なにも答えない。
ぼくたちは、この場所から動けずにいた。
タイムベルトは、壊れたのか、動かなくなってしまった。
秘密道具も、すべてドラえもんが持っている。
ドラえもん――。
「……ぼくの、せいだよ」
つぶやいたその声は、みんなに聞こえてしまったらしい。ぼくに視線が集中している。
ぼくは、膝のあいだに視線を落とした。
「ぼくが、リングを見つけたんだ。ぼくが、落とし主に届けたいって言いだしたんだ。
ドラえもんに、いつもみたいに、ムチャなお願いをしたんだ。ぼくなんだよ」
地球のことは、正直、どうなってしまうのか、よくわからない。
ただひとつ。友だちを巻きこみ、置き去りにしてしまった。それだけは、たしかだ。
沈黙が、ぼくたちをつつんだ。
なにもかもがカチコチに固まってしまった場所で、ぼくも動けない。
このまま、凍りついてしまえば、どれだけ楽だろう。
見わたしてみると、この建物は、十万年前と、すこしも変わっていない。
凍って、凍りつづけて、凍ったまま。いままで時を過ごしてきた。
氷は、まるで透明なタイムマシンみたいだ。
――氷難の相。
ぼくは、顔を上げた。
いくつものイメージが、一瞬、頭をかすめていった。
氷漬けになったドラえもんのイメージ。いつか見た夢だ。
夢？
ぼくは、立ち上がった。
あのドラえもんのニセモノは、凍ったまま、十万年前と同じ、この場所にいた。
それなら。それなら？
「さがそう」
ぼくの言葉に、みんながふりむいた。
「ドラえもんを、さがそう」
「ドラちゃんを？」
静香ちゃんの問いに、ぼくはうなずく。
「どこかで凍っているはずだよ。ドラえもんなら、ロボットだし道具もある。
パオパオたちみたいに冬眠して、きっと、ぼくたちがここに来るのを待ってるよ」
そうか、とジャイアンが声を上げる。
「ここに私たちが来るってこと、ドラちゃんは知っているはずよね！」
「ドラえもんを見つけたら、ここから出ることもできるし！」
静香ちゃんにスネ夫も賛同する。
「……わたしもさがす。いっしょに、さがさせて」
カーラがうつむき気味に言う。
「ありがとう！ カーラ」
今度こそ、見つけるんだ。
ぼくは誓う。
あのときは、ちゃんと見つけてあげることができなかった。
結局、ニセモノの攻撃から、ただ守ってもらった。傷つけてしまった。
ほんとうは、見たんだ。あのとき。
ホンモノのドラえもんの目が、泣いているのを。
その涙を見ても、ぼくは、決めることができなかった。
見つけるんだ。今度こそ。ぜったいに。
「ここから、そんなに離れていないはずだ！」
ジャイアンが言う。
「まわりの氷を、くまなく、さがすんだ！」
「でも――」
スネ夫が立ち止まり、不安を口にする。
「見つけたとして、どうやって氷のなかから助けるのさ。道具もないのに」
「素手でも掘るんだよ！」
「十万年前からの氷だよ！？」
「そんくらいの時間の壁、越えてみせるのが友情だろ！」
「んなムチャな」
「やるんだよ！ ほら、のび太、行くぜ！」
「――うん！」
ぼくは立ち上がり、走りだそうとして、だれかにぶつかった。
モフスケだった。
「ごめん――」
言いかけて、モフスケが鼻を伸ばし、バッグを差し出してきていることに気づいた。
その耳の形が目に入る。
「きみは――？」
――だれ？
「あれ？ それ――」
カーラが声を上げた。
「それ、ユカタンが持っていた、博士のバッグよ！」
どうしてここに？ と首をかしげる。
ぼくはハッとなって、そのバッグの口を開いた。
意味もわからないガラクタばかり入っていると思って、ろくに中身を確認せずにいた。
「これは――！」
氷細工ごて、だった。
「どうして、ドラえもんの道具がここに？」
スネ夫が当然の疑問を口にする。
「わかったわ！」
静香ちゃんが手をたたき合わせた。
「モフスケちゃんは、ユカタンだったのよ！」
「どういうこと？」
「ドラちゃんと一緒に残されたユカタンが冬眠していたのを、十万年後の私たちが起こしたんだわ！」
理解が、頭のなかに広がっていく。
「……そうか！」
みんなの知恵が、勇気が、ダメなぼくを助けてくれる。友だちを助ける、力をくれる。
ううん、ちがう。みんなにとっても、ドラえもんは友だちなんだ。
ぼくは、氷細工ごてを手に、立ち上がった。
「これさえあれば！ 氷のなかを、さがせるよ！」
「よし、手分けしようぜ！」
いっせいに、走りだす。
――ねえ、ドラえもん。
前に君が未来に帰ってしまったとき、ぼくの部屋は、ぼくの心は、すごく空っぽになってしまったよ。
ぼくは、弱虫だから。
だからさ。
ぼくが宿題をサボったら、叱ってよ。
ぼくが〇点を取って帰ってきたら、なぐさめてよ。
ジャイアンにひどい目にあわされたら、一緒に怒ってよ。
もう泣くなよって、笑ってよ。
ねえ。
ドラえもんが笑うと、ぼくも笑うんだ。
ぼくが笑うと、きみも笑うんだ。それが、すごくうれしいんだ。
屋根の上できみと並んで見上げる空は、ひとりより、ずっと高くて青いんだ。
これからも、このさきもさ。あの空が見たいんだ。
「たけしさん、そっちはどう！？」
「ダメだ、見つからねぇ」
どれだけ、さがしまわっただろう。みんなの疲れが見え始めている。
ここには、ここほれワイヤーも、たずね人ステッキもないから。
ドラえもん。
いったい、どこに隠れているのさ。
もしかして泣いちゃったりしてて、恥ずかしいから出てこられないのかな。
意外と泣き虫なの、ぼくは知ってるよ。
だから出てきてよ。
たまにはさ、ドラえもんのダメなところもみせてよ。
それで、たまのたまにはさ、ぼくに、なぐさめさせてよ。
ぼくは立ち止まった。
だれよりも体力がないのは、ぼくだ。膝が、ふるえてる。
「動けよ……」
足に言う。
「このくらい、どうってことないじゃないか……！」
ドラえもんは、いつだってぼくを助けてくれた。
そばにいてくれた。見守ってくれた。
だから、今度はぼくが。
ぼくが、ドラえもんを助けるんだ。
「何時間、いや何日、何ヶ月かかっても、ぼくはドラえもんを見つける」
歯を食いしばる。
「だって、ドラえもんは、いまこの瞬間も、きっと、ぼくを待ってる。十万年も前から。
それにくらべたら、なんてことないよ……！」
そしてぼくは、ふたたび、走りだした。
＊
もう、どのくらいの時間が経ったんだろう。
わからない。
ここはどこだろう。どこだっけ？
たしか……そうだ。
みんなとはぐれて、氷に追いつめられて。
ボクは、凍ってしまった。
――氷難の相。
妹の言葉が聞こえる。妹？ 名前は……。
みんなは無事だろうか。無事でいてくれてるんだろうか。
……みんな？ みんなって、だれだっけ。
ずっと長いこと、ここで、こうしている。
声が枯れるまで、届かない、だれかの名前をさけびつづけていた。
おかげで、喉が凍てついているみたいだ。
このままでは、夢も、気持ちも、壊れてしまいそうで。
心が折れそうになるたび、いくつもの記憶が駆け巡った気がする。
そのたびに、ボクは、強さをもらった気がする。
でもそれも、わからなくなってきている。
ボクは、眠りつづけている。
これが夢なんだと、まだ理解できている。
ううん、ちがう。わからなくなってきている。
夢のなかで、ボクは、白色の原っぱに寝そべっている。
ひとりだけど、となりには、もうひとり、ボクがいた。
（ねえ）
もうひとりのボクが言った。
（ここは気持ちがいいね）
そうだね。
（ずっと、ここでこうしていても、いいよね）
それは、どうだろう……？
（だって、こんなに、おだやかなんだもん。ここでの時間は永遠だしね）
えいえん？
（ほら、すべてがカチコチに止まっているだろ？ ここでは、なにも失うことがないんだよ）
それは、すごく、いいことだね。でも――。
（ここではケンカもしないよ。友だちに見つけてもらえなくて、裏切られたなんて感じることもないよ）
こわい。見つけてもらえないのは、こわい。
（そうだろ？ だったら。全部わすれて、ほら、眠るといいよ）
ひとりは、さみしいよ。
（ボクがいるよ）
キミは、ボクだもの。
（ボクはボクを裏切らないよ）
……そっか。
（ボクは、ボクがホンモノだって知ってる、唯一の存在だよ）
そっか。
（ホンモノだって、みんなに、わかってもらえると思ってた？）
ボクは。
（見つけてもらえるって期待して、ガッカリしたくないだろ？）
……あれ？
ボク、泣いているのかな。どうしてだろう、止まらないや。
（悲しいよね。辛いよね。人と一緒にいようとすることって。傷つくよね）
……のび太くん。
（その名前に意味なんてないよ）
のび太くん。のび太くん。
（ムダだってば）
会いたいよ。
（会えないよ）
のび太くんは、来てくれる。
（来ないよ。十万年も、待ちつづけたじゃないか）
まだ、凍ってない。
（うん？）
まだ、わすれてない。のび太くんとの思い出は、まだ凍ってないよ。
（あれから十万年も経っているのに？）
十万年だって、もっと先だって、凍らない。この気持ちは。ボクは。
（ボクは？）
のび太くんを、信じてるんだ。
（信頼じゃなくて願望でしょ？
あと五万年も経てば、やっぱりひとりがいい、て言い始めるよ）
そんなことない。ボクは――。
「――がいいよ」
……え？
「一緒がいいよ！」
声が聞こえた。
「ぼくは、ドラえもんと一緒がいい！」
なんでだろう。それが、よく知っている声に聞こえた。
「ドラえもん！」
なんでだろう。それが、よく知っている顔に見えた。
手が伸びてきて、ボクの手を取った。あたたかい手だった。
「ほら、帰ろう？」
手が、ボクを空へと誘う。
ああ、この手と一緒なら、ボクは傷ついてもいい、そう思えた。
（待て！ 逃がさないぞ！）
もうひとりのボクが地上でさけんでいる。
（外は氷の世界！ なにもかも凍てつく場所なんだ！
すぐに心が寒くなって、ここに帰ってきたくなるはずさ！）
そのときだった。
ずっと凍っていた喉の奥が溶けて、心の芯から声が出た。
「寒いもんか！」
ボクは、さけびかえしていた。
「のび太くんのとなりは、世界でいちばん、あったかいんだ！」
手を放さない。見つけてくれた、この手を。
瞬間、空が割れた。氷の破片が、大量に降ってくる。
ボクは、目を閉じた。
＊
「ドラえもん！ ねえ、ドラえもん！」
ぼくは、氷のなかから救いだしたドラえもんのからだを、揺さぶりつづけていた。
溶けかけた氷を、その顔から拭ってやる。
ほかのみんなは、心配そうに、ぼくたちを囲み、見守っている。
「起きてよ！ 目を覚ましてよ！」
答えてよ。
「ぼく、きみを見つけたよ！」
声をかけてよ。
「今度こそ、ちゃんと、見つけたんだ！」
ねえ――。
「だから、お願いだよ、ドラえもん……」
笑ってよ。
＊
うう、うるさいなあ眠いよお。ねえ、のび太くん、宿題はやったの？
習慣で、夢から覚めるなり、そんなことを口走りそうになった。
目を開くと、まずキミの顔があった。
その奥に、空が見えると思ったけれど、凍った天井だった。
キミの丸顔が、まるで空に浮かぶ太陽みたいだと思うと、ちょっぴり愉快な気持ちになった。
のび太くんの手が伸びてきて、ボクを抱き起こした。ああ、のび太くんだ。
「だいじょうぶ！？ ドラえもん、寒くない！？」
どうしてキミは。そんなに、あたたかいんだろう。
そしてボクは、長い長い旅が終わったのだと、知った。
はるか昔からの夢が、かなったんだって、わかった。
だから。
「ずっと、キミが、あたためてくれてたんだよ」
言って、ボクは、のび太くんを見上げる。
「ボクの心を、十万年間、ずうっと」
「ドラえもん！」
のび太くんは、全身でボクに抱きついてきた。
「ありがとう、信じて待っていてくれて！」
ボクは、ちょっと驚いたけど、すぐに抱きしめ返した。
「こちらこそ。見つけてくれて、ありがとう」
のび太くん、と名前を呼ぶだけで、不思議と、あたたかい涙が、こぼれた。
＊
十万年前にもどり、ブリザーガを封印した、ぼくたちの目の前で。
リングは、粉々にくずれさってしまった。
「ごめんよ、カーラ」
ぼくは小さな声で、カーラの背中に言った。
「どうして、あやまるの？」
「だって――リングが」
あの瞬間――ブリザーガを封印するためにリングを差し出す瞬間。
それでもカーラは、迷っているように、ぼくには見えた。
――わたしはっ！
道を見失って泣きじゃくる、ずっと小さな子どものように見えた。
当然だよ。ずっと、さがしつづけていたもののはずだ。
たいせつな、ものだったはずだ。
「たいせつなのは、あのリングじゃないもの」
カーラは、ぼくの心を読んだかのように、言った。その声は、まっすぐだった。
「たいせつなのは、故郷をいつか絶対に救うんだっていう、この気持ち」
カーラの言葉に、となりのヒャッコイ博士が、うれしそうな、誇らしそうな笑みを浮かべた。
「遺跡の眠る星は、きっと、まだまだあるもの」
カーラは、強く、そうつづけた。
「それにね」
「それに？」
カーラはそこで、こちらをふりむいた。
その顔に涙は見当たらず、まぶしい笑顔にあふれていた。
「それに、あなたたちを見ていたら。見つけられないものなんて、ないんだって思えたの。
信じる心さえ、凍らさずにいれば」
「カーラ……」
ぼくたちは、握手を交わした。
きっと。いや、かならず。
凍てついた時に、終わりはくる。カーラたちの時間は、ふたたび動きだす。
ぼくは、そう、信じる。
＊
地上に送ってもらったぼくたちは、宇宙に帰っていくカーラたちに、何度も手を振った。
南極の、パノラマの夜空。
ぼくたちは、両手両足を使って、二人とパオパオたちを見送った。
そのときだった。
「あ」
スネ夫が声を上げた。
「しまった！ 待って－！」
手を振って、カーラたちを呼び戻そうとする。
だが、お別れのあいさつをしていると思われたらしい。
やがてカーラたちは小さくなり、南極の空に浮かぶ、星の海にまぎれてしまった。
「返すの、わすれてた……」
「どうしたんだよ、スネ夫？」
「これ……」
スネ夫が差し出したのは、博士に記録を頼まれていた、あのビデオだった。
そのとき、急に。
まるで封印が解けたみたいに。ぼくは、ようやく、すべてを思い出した。
あの、夢を見た理由だ。
南極に旅立つ前に見た夢。
まだ出逢ったことのないカーラが出てきた夢。
氷漬けのドラえもんを目撃した夢。
まるで、これから起こることを予期したかのような――。
あるいは、初めから知っていたかのような。
答えはカンタンだった。
スネ夫がずっと回していた、あのカメラだ。
あのビデオが、どういうわけか数日前のぼくの部屋にあって。
寝ぼけたぼくは、よくわからず、それをいじくって。再生して。
その記録の断片を、未来の欠片を、十万年前の世界で起きる冒険の一部を。
ぼんやりと目にしたのだった。
＊
「ねえ、のび太くん。過去を変えちゃ、いけないんだぞ」
「変えないんだってば。これで、ぜんぶ歴史どおりだよ」
ぼくとドラえもんは、小声で言い合いながら、タイムマシンから降り立った。
そこは、南極に旅立つ数日前の、ぼくの部屋だ。
カチッ、コチッ、と時計の針が進む音。
ぼくは、眠っている。
押し入れのなかには、きっと、彼の大親友も。
「ほら、早く目的を済ませて」
「わかってるって」
ぼくは、過去のぼくの近くに、ビデオカメラを転がした。
「明日の朝に回収しにくるの、わすれないようにしないと」
タイムマシンに早々ともどっていくドラえもん。
そのすがたを目で追って。
「氷難の相で氷漬けか。当たっちゃったね」
ぼくは、くすりと笑ってから、眠っているぼくを見下ろした。
「ねえ、ぼく」
あきらめないで、と伝えたい。
「ドラえもんは、ぼくを待ってる」
机の引き出しまで歩いて、押し入れと、眠るぼくを、交互に見る。
「きっと、見つけてあげてよね」
そしてぼくは、引き出しのなかに飛びこんで、親友の横に座る。
＊
「のび太くん」
あの大冒険から、十万と一年が経って。
ドラえもんが、窓の外の屋根上でなにかを始めていた。
「ほら、来てみなよ」
「なにしてるの？ ――わ」
そこには、大きな望遠鏡が置いてあった。
「ふふ、ちょっと天体観測をね」
ドラえもんは、のぞいてごらんよ、とつづけた。
「夜空もいいね」
ぼくがつぶやくと、「え？」とドラえもんが聞き返した。
「ううん、こっちの話」
言いながら、窓の外に出る。
「ヒャッコイ博士に教えてもらったヒョーガヒョーガ星の座標に合わせてある」
「え！？」
言われて、ぼくは望遠鏡に飛びついた。
「十万光年先の星だから、いま見えているのは十万年前のすがただよ」
横でドラえもんが解説する。ぼくは、必死に目をこらした。
すると、見えてきたのは――。
「……真っ白だ……」
そこに見えたのは、なにもかもが凍てついた惑星――。
思わず顔を上げた。
「よーく、見てごらんよ」
ドラえもんの言葉に、ぼくはもう一度、望遠鏡をのぞきこむ。
そこに見えるのは、やはり――。
次第に、くっきりと惑星が見え始めた。
こまかい部分が見えるようになってきて――。
緑が、あった。
その惑星の、ほんの一部分。全体からしてみれば、小さな、小さな部分だけだけど。
「氷が、溶けてきてる！」
ぼくが顔を上げると、ドラえもんも笑った。
「きっと、カーラたちが調査を成功させたんだ」
ドラえもんが横で、一緒に喜びを共有してくれる。
ぼくは、惑星の緑を、長いこと眺めつづけた。
……見つけたんだね、カーラ。
緑の上を、あの快活な少女が両手を広げ、走り抜けているすがたが、目に浮かぶようだった。
END