スキップしてメイン コンテンツに移動

★まもなく、閉店いたします。

ちょっとした実験小説パート2です。
前回が構造重視だったのに対し、今度のは情感寄りです。

**********


 ──当店は、まもなく閉店いたします。
 そんな張り紙を、わたしは見つめた。
 店じまいする、という意味だ。
 長かったような、短かったような。ここまで、あっという間だった。
 とても感慨深い。
 所狭しと店内にならぶ、本を見わたす。
 一冊一冊が、とても愛おしい。
 すべて、この書店には欠かせなかったもの。そして、これからは必要のないものだ。
「これ、ください」
 店内を行ったり来たりしていた男性客が、一冊の本を差し出してきた。
 教員に向けた、生徒指導にまつわる実用書だった。
 熱心だな、と微笑ましく思う。
「お代は、もう、いただいたよ」
 わたしが手を上げて言うと、男性は、ためらうような表情を見せた。
「や、でも──」
「それに。わたしが持っていても、しかたのないものだから」
 わたしは、その本を丁寧にラッピングした。
「どうぞ」
 本を、そっと手渡す。
「……大切にします」
 男性は深く頭を下げ、立ち去ろうとした。
「あ、待って」
 わたしは、ふりむいた男性に、手を差し出した。
「──きみなら、立派にやれるよ」
 男性は、なにも言わず、その手を握ってくれた。
「よろしく、ね」
 わたしの言葉に、男性は、ふたたび頭を下げ、今度こそ店を出て行った。
 あの本を、生かしてほしい。それが、なによりの願いだった。

 男性と入れ替わりで、学生服を着た少年が入ってきた。

 わたしは、彼にほほえみかけた。彼も、ぎこちなく笑った。

「なにか、おさがしかな?」
「えっと……」
「試験の近い時期だから、参考書とか?」
「でも、ここ、ほとんど国語しか置いてないですよね?」
「あー、まあね」
「国語は得意なんです」
「それじゃあ──」
「これ、ください」

 それは、プラモデルに関する雑誌だった。

「よく見つけたね。この店にあるって、知ってた?」
「はい。友だちに聞いたんです」
「好きなんだ?」
「はい」

 少年は、うれしそうに、はにかんだ。

 わたしは、その雑誌を、懐かしみながら包装した。

「お友だちに、よろしく」

 彼とも握手を交わし、見送る。その背中が、外光に溶けていった。
 あの本が、彼の毎日に豊かさをもたらしてくれればいい。

 次に来店したのは、剣道着すがたの少女だった。面をはずし、脇にかかえている。

「おつかれさま」

 わたしが言うと、少女は涙ぐんだ。

「どうした? ひょっとして、なにか悩みでも?」

 少女は、小さくうなずいた。

 彼女は剣道にすべてをささげ、練習に練習を重ねている。
 けれども、伸び悩んでいた。結果が出せない。
 焦りだけが募って、部活仲間へのライバル心が、嫉妬に変質してしまう。
 剣道が、ほんとうに好きなのか、わからなくなってしまった。
 そう、彼女は話した。

「そんなきみに、オススメがあるよ」

 わたしは、指を立ててみせた。棚から、数冊の本を抜き出してくる。
 それは、コミック本だった。

「剣道少年の話。少女じゃなくて、申し訳ないけれど」

 わたしが笑うと、少女もかすかに笑ってくれた。

「初心を思い出す、キッカケになるかもしれない。まあ、読んでみて」

 わたしは、本をまとめてラッピングし、袋に入れた。

「がんばってね」

 言って手を差し出すと、少女が、ぱっと顔を上げた。

「ありがとう、ございました……!」

「こちらこそ。これまで、ありがとう」

 ぽろぽろと大粒の涙をながしながら。彼女は両手で、わたしの手を、そっと、にぎった。

 歩んでいく、前へと進んでいく背中を見つめながら。
 あの本が、彼女の助けになればいい。そう、強く願った。

 そうして、わたしは、閉店の準備を進める。
 何人の人間に、どれだけの本を、わたすことができただろう。

 後悔はないか。

 わたしは、まだまだたくさんの在庫を見て、思う。

 これだけの本が、ここには、あったのだ。自分で、おどろいてしまう。
 だてに、長いこと営業していたわけではなかった、ということか。

 扉の開く音がして、わたしはそちらを向く。

「あ──」

 これまで、だれと話すときも、平静を保っていた。

 わたしは送り出される人間であってはならない。送り出す側でいるべきだと。
 どこか、そんな決意めいたものがあったからだ。

 けれど、決壊した。
 扉をくぐってくる女性のすがたを見て、なにもかも、歯止めがきかなくなった。

「おひさしぶり」

 女性は、言った。

「ああ……ほんとうに」

 わたしは、涙があふれるのを意識しながらも、なんとか応えた。

「なんか、変わってないね」
「そんなこと言って、中まで見るの、はじめてだろう」
「だいたい、どうなってるかくらい、わかるわよ。あなた、単純だもの」
「ひどいな」
「さて、わたしの知らない本がないか、さがしてみよう」
「やめてくれ、恥ずかしい」

 わたしは。
 さりげなく、カウンターの裏から、それを取り出した。
 もう、ずっとむかしに、包装した本。

「これを、きみに……わたしたくて」

 できなかった。わたせなかった。
 どうしてだろう。いまとなっては、わからない。

 いちど、くずれてしまった関係。破滅してしまった絆。
 取り戻したくて、やり直したくて、それが、すべてだったのに。

 つまらない意地だったのかもしれない。恐れ、だったのかもしれない。

 彼女を、彼女との未来を、一生、未来永劫、失ってしまうこと。
 その喪失を確定させてしまうこと。言葉にされてしまうこと。
 それが、怖かったのかもしれない。

「小説なんだ。恋愛小説」
 わたしは、かすれ声で言った。ふるえているのを、自覚した。
「──ばか」
 彼女は、顔を上げて、笑った。
「遅すぎるよ、ばか」
「わかってる。ああ、わかってる」
 わたしは、うなずいた。
「ごめんよ」
 彼女は両手を伸ばした。
 彼女は、綺麗だった。いまでも。むかしから。
 そして、わたしの気持ちを、受け取ってくれた。
「さっき、そこで」
 彼女は照れたように言った。
「わたしの写真集とか見つけたけど。それも大量に」
「そりゃあ……」
 きみが、わすれられなくて。
「ねえ、もういいの?」
 彼女が聞いた。
「うん、たぶん」
「みんなには会えた? わすれてる人はいない?」
「そう思う」
「まだたくさん、本がのこっているみたいだけど」
「いいんだ。古本屋にでも出そう。だれかがひょっこり、見つけてくれるかも」
「あなたのことを思い出してくれる人は、きっと、たくさんいるわ」
「そうかな」
「感じない? いまも、みんなが詰めかけているのよ」
 もしそうなら、うれしいことだ、と思った。
 後輩の教員や教え子、顧問をしている部活の生徒──。
 まだまだ、のこしたいもの、たくしたいものは、数えきれないくらい、いっぱい、ある。
 わたしが人生をかけて集めた知識、経験、技術……。
 わすれかけていた趣味なんてものも、出てきたりする。
 こんなにたくさんのものが、自分のなかに、満ちていたとは。

「……そろそろ、閉める時間ね」
「ああ」

 この書店は、不思議な空間だ。
 実際のわたしは、きっと、病院で横になっていることだろうし。
 もっと、老いたすがたのはずだ。

 手を伸ばして、すべての照明を落としていく。
 ひとつずつ、書棚が、闇に消えていく。

 しばらく、暗い静けさのなかで、わたしの世界を楽しんだ。

 本の香りがする。それは、わたしにとって、とても身近なもの。
 だからこそ、国語を教える立場となった。

「ねえ」

 手を、にぎってくる。となりに、彼女がいる。
 わたしの世界に、彼女がいてくれている。

「楽しかった?」
「ああ」

 つい、口もとがゆるむ。

「とても、楽しかった」
「いい人生だった?」
「いい人生だった」
「そう。よかったわね」
「ああ。よかった」

 ほんとうに。良き出逢いに、あふれていた。

 苦しみも、痛みも、切なさも。
 いまとなっては、すべてが、愛おしい。

 ここにある、すべての本、すべての知識や経験が。
 すべての人との関わりが。
 この店を、わたしというカタチにしてくれた。

 だから、すこしでもその恩返しができたなら。
 わたしの人生が、培ったものが、だれかの役に立てたなら。
 もうなにも、思いのこすことはない。

「じゃ、行こっか」
「あ、待って」

 最期に。
 わたしは、張り紙を新しいものに変えた。


 ──長きにわたり。
   これまで賜りました皆さまのご愛顧に、
   心から、感謝申し上げます。
   ほんとうに、ありがとうございました。




このブログの人気の投稿

★【二次創作】ドラえもん 南極カチコチ大冒険 別エンディング

映画後半部分のアレンジなのでネタバレ注意。 そもそも映画を見ていないと意味不明です。 一部、映画前半の伏線を改変している箇所があります。 予告編のセリフとポスターのキャッチコピーと主題歌の歌詞を借りています。 ※ドラえもんを置き去りにしてしまった場面から。 追記。 めちゃくちゃ寒そうな南極にドラえもんとのび太が並んで立っていて、 「世界でいちばん、あったかい場所」 ってキャッチコピーの書いてあるポスターとか、あったらイイと思います(●´ω`●)  あのとき。  ――のび太。お前が決めろ。  二人のドラえもん。  ぼくは、ぼくだけは、ドラえもんを見つけてあげなきゃ、いけなかったんだ。  どうして、迷ってしまったんだろう。  ポケットが無かったから? ふたりの思い出の鈴が無かったから?  ちがう。  だってポケットも鈴も、ドラえもんの、ほんとうじゃない。  ぼくにとっての、ほんとうのドラえもんは、もっとべつのものだ。  ほんとう?  ほんとうの友だちとニセモノの友だち。なにが、ちがうんだろう?  それは、ぼくと過ごした時間だったはずなのに。 「カーラ、お前たちのせいだぞ!」  ジャイアンの大きな声が、凍りついた空間に反響した。 「お前たちさえ来なければ、こんなことにはならなかったんだ!」  顔を上げると、ジャイアンとスネ夫がカーラに詰め寄っていた。 「わたし――わたしは、ただ」  カーラが迷子のような表情で首をゆるゆると振る。 「わたしはただ、わたしたちの星を――」 「結果、僕たちの星がメチャクチャになってるじゃんか!」  スネ夫もさけぶ。  リングは、ひとつしかない。大事な星は、ふたつ、あるのに。 「やめなさいよ!」  見ていられなくなったのか、静香ちゃんが割って入った。 「こんなことになるなんて、だれにも、わからなかったじゃない!」 「くそっ……! わかってるよ!」  泣き顔を必死で隠そうとするジャイアンが、ぼくは好きだ。 「本気で言ったんじゃ、ねぇんだ」  気まずそうにそっぽを向き、ジャイアンが小さく言う。  カーラは、なにも答えない。  ぼくたちは、この場所から動けずにいた。  タイムベルトは、壊れたのか、動かなくなってしまった。  秘密道具

★【ADV】灰景、野に咲く華のように

灰景、 野に咲く華のように  Androidスマートフォン向けアプリ New!! Windows版をBOOTHにて無料配布中 https://beyondthestar.booth.pm/items/1492941     ◆◆◆◆ 記憶をなくした血塗れの少女は、  導かれるようにして、雨の降る街にたどりつく。  そこで出逢った、ひとりの青年。  彼の館で暮らすうち、  少女は、自身の記憶を巡る悲劇を、知ることとなる。  これは、あまりに“ふつう”の物語── ある日、空から灰が降って、  世界は終末をむかえました。 人々は新病に侵され、自分が何者かわからなくなり、 恋人の名をわすれ、目指していた夢も見えなくなって、  過去と未来を失いました。 その病は、終末病、と俗に呼ばれました。 ややこしい正式名称は、 ほとんどの人が、わすれさってしまいました。 その病は、人間の記憶を破壊するものだったのです。 記憶とは、その人間を形作るもの。 その人を、その人たらしめるもの。 その人物の足跡であり、道標となるもの。 それが突然、失われることの恐怖。  人々は恐怖しました。 混乱が混乱を呼び、破壊が破壊を招きました。 世界の終末です。 記憶とともに、人々は味覚を失いました。  途端に世界は色あせ、 食卓から笑顔は消え、他人は他人となり、 灰色の時代が、やってきたのです。 そんな世界で、残響のように生きる人々。  これは、その断片。 あてもなく道標もなく、辺り一面積もった灰の上、 物語の余白を踏みしめる、かすかな足跡の軌跡。 では、はじまりはじまり。  あるいは、 おしまい、おしまい。 (本文より抜粋) Miki Kizuki 「そうでないと、自分が、どこにもいなくなる」 館の主人  どこか浮世離れした紳士的な人物  ある人との約束で禁煙中  Siori 「そうするのが、きっと、“ふつう”の人間です」 メイド  血塗られた過去を持つ  とある指輪を大事にしている  Rebekah 「おしまいね、この場所

★【ADV】灰景、いつかの終末にて

灰景、いつかの終末にて  Androidスマートフォン向けアプリ New!! Windows版をBOOTHにて無料配布中 https://beyondthestar.booth.pm/items/2428499  ──この物語は、序章などではない。  世界は、とうに終わっていて。  すべては、残響にすぎないのだから。  ──この物語に、結末などない。  ただ、つづいていく。  あたりまえに、ひたすらに。  それが──そんなものが、唯一無二、伽藍の物語だ。  伽藍堂樹木の足が、ガラス片をくだいた。  建物の入り口に扉はなく、その名残である材木が床に散らばっている。  荒れ果てた空間は、元来の機能や意味を、とっくに失っていた。  ここにあるのは、中身のない、ただの形骸だ。  サビやカビやホコリ……荒廃のにおいが鼻をつく。 (本文冒頭より抜粋) * * * 広告なしの完全無料で遊ぶことができます。 プレイ時間30分ほどの、短い物語です。 本作には一部残酷・暴力表現が含まれますが、 差別や中傷を目的としたものではありません。 あらかじめご了承ください。 この物語はフィクションです。実在する人物および団体とは一切関係ありません。 * * * ◆インストールに問題が発生したかたへ  アプリのインストールに問題が生じた場合、 GooglePlayの「ダウンロードに関するトラブルシューティング」 をご確認ください。  https://support.google.com/googleplay/bin/answer.py?hl=ja&answer=1067233 ◆◆◆◆ 以下の素材を、お借りしています。 【キャラクター】 ▼ゼフィド -竜の宿り木亭- 様 https://dragons-cradle.booth.pm/ 『モブメイド立ち絵』 『モブ娘立ち絵』 ▼らぬき 様 http://ranuking.ko-me.com/ ▼ジュエルセイバーFREE 様 http://www.j