スキップしてメイン コンテンツに移動

★すてきな人形

ちょっとした実験小説、第三弾。相変わらず短いです。
静かで穏やかな世界に、とぷりと身を浸して頂ければ、幸いです。

**********

 

「あー、至福のときなり」
 如月帆奈は、ほうっと息をついた。
 彼女は、古びた書店にいた。書棚に囲まれていた。ホコリの積もった木目調床材の上に、大の字で寝そべっていた。
 漆黒の長髪と、派手目の真っ赤なスカートが、左右に広がっている。
「絵になるね」
「え?」
「絵画みたい、て言ったんだ」
 その言葉に、帆奈がひょいっと顔を上げると、カウンターのむこうに座る、仁木健司が見えた。
 カウンターの上には、大量の本が積んである。分厚い洋書がほとんどで、見た目が洒落ている。
 その本の合間から、タイプライターに向かって伏せた顔がのぞいている。それだけでも、精悍な顔立ちがハッキリとわかる。
「ヌードのほうがよかった?」
 いたずらっぽく、口にしてみる。
「えっ」
「あたし。そうしたら、見事な絵にならない?」
 もとどおり上体を倒し、天井を見上げる。目に入るのは、アンティークなシャンデリア。
「いや──そのスカート、よく似合ってる」
「ふふん、照れちゃって」
「照れ隠しじゃなくて、どちらかというと、お世辞」
「ふーんだ」
 いいんですよう、どうせあたしはお洋服を際立たせるためのマネキンですよう、とゴロゴロしてみせる。
「服、汚れない?」
「汚れは漂白すればいいの。洗濯機に仕事させなくっちゃ。買いたてであるからして」
「何キロ?」
「えっ、あたしの体重? やだあ、もう」
「や、洗濯機の容量」
「なあんだ。どして?」
「その、ふくらんだスカート。入るのかなって」

 他愛もない話。客はいない。帆奈のほかには。
 かすかに、クラシック・ミュージックが流れている。
「すてきな、曲」
 ため息が漏れる。
「すてきな、お店」
 頭上の窓ガラスから、静かに光が降り注ぐ。
「すてきな、あたしたち」
「すてきな午後だね」
「んーん、そういうのとは、ちょっと、ちがうんだなー」
「どう、ちがう?」
「ちょっと無粋な感じがしたの」
 目を閉じて、たゆたう。背中に確固たる床を感じているのに、不思議と安定感がない。
 茫漠とした、ひとつの宇宙にいるみたいだ。ともすると、このまま、消えていってしまいそうな。
 それは、書店という空間の、どこか非現実的な性格によるものだろう。
 たくさんの物語に囲まれているせいか、ありとあらゆる境界線みたいなものが、揺らいでいる。
 さて、消えるとしたら。それは自分だろうか、それとも周囲の世界──たとえば頭上のシャンデリアだろうか。
 右手を握りしめる。この手のさきにある世界もまた、消えてしまうだろうか。
「先生」
 目を開けた。シャンデリアは、まだそこにある。
「なに?」
「どうして、あの子を殺したの?」

 一発必中の問いだったが、とくべつ場の空気が変わった感じもしない。すべては清浄なままだ。
 発したものも、受け取ったものも。乱れることなく、平常運転をつづけている。

 帆奈は、シャンデリアに視線を置いたまま。
 顔を動かし彼の表情を見るべきか、悩んでいた。

「……すごいね。前置きとか様子見とか、省略した質問だ」
「効率重視」
「時間は、あるんだけどな」

 クスクス笑い。
 思いきって彼に目を向けると、まったく、帆奈を見てもいなかった。それが、ちょっぴり、おもしろくない。

「うーん」

 彼は天井を見上げている。
 帆奈とおなじように、意味もなくシャンデリアの細部を観察しているのかもしれない。

「それ──答えなくちゃいけない?」
「できれば」
「ううん。ねえ、それよりもさ、洗濯機の容量の話をしよう」
「答えたくないってこと?」
「いや、ええと、そうだなあ」
「つまり?」
「つまり、うまく言葉にできないんだ」
「もし警戒してるのなら、ボイスレコーダーとか、しかけてないから」
「信用してるよ」
「先生。どうしてあの子を殺したのか、教えて」
「困ったな……」

 沈黙。彼が目を閉じた。
 なにを考えているのだろう。世界の、あいまいさについて、とかだろうか。

 やがて、その目が開いて。

「先生」

 と、彼は言った。

「三度目の質問、していい?」
「やん、積極的」
「先生」
「わかった、わかった」

 帆奈は笑って、空いている左手をひらひらさせた。

「でも、いまは長期店休なんだよね? 邪魔なんて入らないことだし、そんな焦らなくても」
「じらさないで」

 彼の声は、あくまで真剣だ。帆奈は、ゆるりと息を吐いた。

「いいよ。して?」
「……なんで、彼を、殺したの」
「では、答えてしんぜよう。汚れはね、漂白しないといけないの」
「それが理由?」
「ほら、見て」

 帆奈が指でしめしたさきに、それはある。

「ね。どう思う?」
「……絵になるね、彼」
「そうでしょ?」
「絵画みたいだ」
「そうなのそうなの。積まれた洋書とかも、いい感じ」

 帆奈は、となりの手を、キュッとにぎった。

「ということ。納得した?」
「や、ちがう。先生、質問の答えになってないよ」
「え? そう?」
「どうして」
「うん」
「どうして、彼のほうを、殺したの」

 ここへきて、ようやく、彼の視線を感じた。
 だからこそ、今度は彼の顔を見れなかった。右手に、彼の体温を感じている。

「……そっか。それが質問?」
「ぼくを選んでくれなかった」
「いま、となりにいるのは、きみだけど?」
「ぼくを、殺してはくれなかった」
「ああ……」

 彼の手が、ふるえている。

「あたしに、殺してほしかった?」

 横目で見ると、彼はシャンデリアに視線をもどしていた。

「ぼくなら」

 訥々と彼は言った。

「ぼくなら、先生のありのままを見ない。先生をありのまま見る」
「そう」
「着飾ったままの先生を、愛せるよ」
「うん、うれしいな」
「人間は、自分を繕えるんだ」

 ちょうど店に流れている音楽が曲の切れ間だったため、その言葉は、ひどくこだました。

「裸の先生にしか──カラダにしか興味がない、中身を知りたがる子どもなんて」

 彼の声に抑揚はなく、極端に感情をセーブした話しかたをする。

「殺すにしたって、あまりに無価値だ。そうでしょ」
「価値、ねえ」

 帆奈は、しばし考える。

「やっぱ、顔かなあ」
「顔」
「うん、顔。彼、タイプだったんだ」

 帆奈は左手を持ち上げ、自分の胸の上に置いた。
 そのまま、腕で乳房を押しつぶすようにして、胸骨に触れる。
 自身の強度を、確かめたかった。

「あたしも、俗人だなあ。生身のあたしなんて、そんなものか」
「先生」
「なあに?」
「スカート、綺麗だよ」
「ありがとう」
「殺して、ほしかった」
「うん。ごめんね」

 彼が小さく泣き出してしまったので、帆奈は反対を向いた。
 この年頃の男の子というのは、そういうすがたを、あまり見られたくないものだろう。

 彼が泣きやむまでのあいだ、頭のなかで、なんとなく数を数える。
 一、二、三……。三という数字は、調和と不安定を内包すると言われている。
 彼が泣きやんだら、どうしようか。

 視線のさきに、カウンターがある。

 心地よくクラシックな曲が流れ。
 光のなかを、ゆるやかに塵が泳ぎ。
 書棚に積まれた、あまたの物語が見下ろしてくる。

 世界から切り離されたような、この世界。
 かぎりなく閉じていて、どこまでも開いている。

 彼女と、彼と、死者と。

「すてきな、あたしたち」

 帆奈は、そっと、ささやいた。




このブログの人気の投稿

★【二次創作】ドラえもん 南極カチコチ大冒険 別エンディング

映画後半部分のアレンジなのでネタバレ注意。 そもそも映画を見ていないと意味不明です。 一部、映画前半の伏線を改変している箇所があります。 予告編のセリフとポスターのキャッチコピーと主題歌の歌詞を借りています。 ※ドラえもんを置き去りにしてしまった場面から。 追記。 めちゃくちゃ寒そうな南極にドラえもんとのび太が並んで立っていて、 「世界でいちばん、あったかい場所」 ってキャッチコピーの書いてあるポスターとか、あったらイイと思います(●´ω`●)  あのとき。  ――のび太。お前が決めろ。  二人のドラえもん。  ぼくは、ぼくだけは、ドラえもんを見つけてあげなきゃ、いけなかったんだ。  どうして、迷ってしまったんだろう。  ポケットが無かったから? ふたりの思い出の鈴が無かったから?  ちがう。  だってポケットも鈴も、ドラえもんの、ほんとうじゃない。  ぼくにとっての、ほんとうのドラえもんは、もっとべつのものだ。  ほんとう?  ほんとうの友だちとニセモノの友だち。なにが、ちがうんだろう?  それは、ぼくと過ごした時間だったはずなのに。 「カーラ、お前たちのせいだぞ!」  ジャイアンの大きな声が、凍りついた空間に反響した。 「お前たちさえ来なければ、こんなことにはならなかったんだ!」  顔を上げると、ジャイアンとスネ夫がカーラに詰め寄っていた。 「わたし――わたしは、ただ」  カーラが迷子のような表情で首をゆるゆると振る。 「わたしはただ、わたしたちの星を――」 「結果、僕たちの星がメチャクチャになってるじゃんか!」  スネ夫もさけぶ。  リングは、ひとつしかない。大事な星は、ふたつ、あるのに。 「やめなさいよ!」  見ていられなくなったのか、静香ちゃんが割って入った。 「こんなことになるなんて、だれにも、わからなかったじゃない!」 「くそっ……! わかってるよ!」  泣き顔を必死で隠そうとするジャイアンが、ぼくは好きだ。 「本気で言ったんじゃ、ねぇんだ」  気まずそうにそっぽを向き、ジャイアンが小さく言う。  カーラは、なにも答えない。  ぼくたちは、この場所から動けずにいた。  タイムベルトは、壊れたのか、動かなくなってしまった。  秘密道具

★【ADV】灰景、野に咲く華のように

灰景、 野に咲く華のように  Androidスマートフォン向けアプリ New!! Windows版をBOOTHにて無料配布中 https://beyondthestar.booth.pm/items/1492941     ◆◆◆◆ 記憶をなくした血塗れの少女は、  導かれるようにして、雨の降る街にたどりつく。  そこで出逢った、ひとりの青年。  彼の館で暮らすうち、  少女は、自身の記憶を巡る悲劇を、知ることとなる。  これは、あまりに“ふつう”の物語── ある日、空から灰が降って、  世界は終末をむかえました。 人々は新病に侵され、自分が何者かわからなくなり、 恋人の名をわすれ、目指していた夢も見えなくなって、  過去と未来を失いました。 その病は、終末病、と俗に呼ばれました。 ややこしい正式名称は、 ほとんどの人が、わすれさってしまいました。 その病は、人間の記憶を破壊するものだったのです。 記憶とは、その人間を形作るもの。 その人を、その人たらしめるもの。 その人物の足跡であり、道標となるもの。 それが突然、失われることの恐怖。  人々は恐怖しました。 混乱が混乱を呼び、破壊が破壊を招きました。 世界の終末です。 記憶とともに、人々は味覚を失いました。  途端に世界は色あせ、 食卓から笑顔は消え、他人は他人となり、 灰色の時代が、やってきたのです。 そんな世界で、残響のように生きる人々。  これは、その断片。 あてもなく道標もなく、辺り一面積もった灰の上、 物語の余白を踏みしめる、かすかな足跡の軌跡。 では、はじまりはじまり。  あるいは、 おしまい、おしまい。 (本文より抜粋) Miki Kizuki 「そうでないと、自分が、どこにもいなくなる」 館の主人  どこか浮世離れした紳士的な人物  ある人との約束で禁煙中  Siori 「そうするのが、きっと、“ふつう”の人間です」 メイド  血塗られた過去を持つ  とある指輪を大事にしている  Rebekah 「おしまいね、この場所

★【ADV】灰景、いつかの終末にて

灰景、いつかの終末にて  Androidスマートフォン向けアプリ New!! Windows版をBOOTHにて無料配布中 https://beyondthestar.booth.pm/items/2428499  ──この物語は、序章などではない。  世界は、とうに終わっていて。  すべては、残響にすぎないのだから。  ──この物語に、結末などない。  ただ、つづいていく。  あたりまえに、ひたすらに。  それが──そんなものが、唯一無二、伽藍の物語だ。  伽藍堂樹木の足が、ガラス片をくだいた。  建物の入り口に扉はなく、その名残である材木が床に散らばっている。  荒れ果てた空間は、元来の機能や意味を、とっくに失っていた。  ここにあるのは、中身のない、ただの形骸だ。  サビやカビやホコリ……荒廃のにおいが鼻をつく。 (本文冒頭より抜粋) * * * 広告なしの完全無料で遊ぶことができます。 プレイ時間30分ほどの、短い物語です。 本作には一部残酷・暴力表現が含まれますが、 差別や中傷を目的としたものではありません。 あらかじめご了承ください。 この物語はフィクションです。実在する人物および団体とは一切関係ありません。 * * * ◆インストールに問題が発生したかたへ  アプリのインストールに問題が生じた場合、 GooglePlayの「ダウンロードに関するトラブルシューティング」 をご確認ください。  https://support.google.com/googleplay/bin/answer.py?hl=ja&answer=1067233 ◆◆◆◆ 以下の素材を、お借りしています。 【キャラクター】 ▼ゼフィド -竜の宿り木亭- 様 https://dragons-cradle.booth.pm/ 『モブメイド立ち絵』 『モブ娘立ち絵』 ▼らぬき 様 http://ranuking.ko-me.com/ ▼ジュエルセイバーFREE 様 http://www.j